もしも決定的な力を手にしたならー映画「太陽を盗んだ男」を観てきた話

先日、夫からの誘いで特集上映の映画を観に行く機会があった。

誘い文句は「格好いい沢田研二が見れるよ」とのこと。
なんと、1979年公開作品。

太陽を盗んだ男


(公開当時のチラシ。映画チラシサイト様より)

太陽を盗んだ男(wikipedia)

うん、まずビジュアルが濃い。
現在40代後半の身からすると沢田研二って
「TOKIO」でパラシュート背負って歌ってた奇抜なイメージなんだけれども。
そのもう少し前の当時31歳、色気があふれていた頃の作品です。

主人公は中学校の物理教師・城戸。
原子力発電所に一人で潜入し、プルトニウムを盗み出し、
ひとり暮らしのマンションの自室で小型原子爆弾を作りはじめる。

手製の防護服に身を包み、放射線測定器がときおり鳴り響く部屋の中で
ナイターを観ながらオーブンでプルトニウムを加工する。
鼻歌を歌いながら爆弾を組み立てていくさまは、最高の素材が手に入ったから
ちょっと気合いの入った料理でも仕込んでいるかのようだ。
そして彼はバスケットボール大の原子爆弾を完成させる。

ここまで書いただけでもなかなかなトンデモ映画なのだけれど、
一本の映画としては非常に面白かった。

この映画のいちばん大きな見どころ。
それは「決定的な力を手に入れ、自己を実現した人間はそのあとどうするのか」
ということに尽きると思う。

世界を破滅させかねない爆弾を手にした城戸にはそれがわからない。
爆弾を盾に次々と要求を繰り出すものの、そのどれもが行き当たりばったりの思いつき。
どんどん狭まる警察の包囲網からは全力で逃げ続けなくてはならず
その間にも爆弾からの放射能は体をむしばんでいく。

主な登場人物はもう二人。
交渉相手に指名された警部と、ラジオ番組をもつ人気女性アイドル。
偶然に城戸と接点ができ、彼と彼の持つ爆弾との関係に引きずりこまれていく。

交渉相手に指名した山下警部は、城戸がある事件を通して出会い「人として見込んだ」相手だった。
電話での交渉中、また時にはそしらぬ顔で直接会話を交わす様子は妙に嬉しそうだ。

城戸は自分の持つ知力・体力を注ぎ込んで「決定的な力」である原子爆弾を完成させた。
善悪はともかく、これはひとつの自己実現と言っていい。
だけどその実現を分かちあえる、通じ合える相手が彼にはいなかった。

ラジオDJを務めるアイドル・零子も生放送中に見かけた城戸に興味を抱き、
やがて彼が番組に電話をかけてきた原子爆弾を持つという男であることを知る。
城戸に心を惹かれ、爆弾を抱えた彼の逃走劇に手を貸すけれど
結局彼女も彼と長い時間を分かちあうことはできなかった。

山下警部に正体を明かした城戸。
銃を向けるものの、最後まで通じ合いたい、あんたとなら、と
城戸は必死に手を伸ばそうとしているようにも見える。
だが、山下はお前と俺は違うと拒み、その手に手錠をかけることしか考えない。

映画の中で城戸は最初、完成した爆弾を宝物のように見つめていた。
やがて呆然とした顔でそれをバッグに入れて街を歩く。

彼は爆弾を作る前の日々、ただ「つまらなかった」のだと思う。
知力と体力を注ぎ込んでプルトニウムを盗み出し、爆弾を完成させたときは
最高の気分だったろう。
けれど完成したところで「すごいね」「これからどうするの」などと
喜ぶ人はなく、もちろんみずから胸を張って発表することもできなかった。
結局、共有することも分かち合うこともできない宝は持ち腐れでしかない。
自分ひとりで抱えて消えていくことしかできないのだから。

自己実現をし、決定的な力を手にしたはずの彼の満足感は上がることはなかった。
その後どうしたら、何をしたらいいのかがわからないのだから。
もしかしたらもう少しで通じ合えていたかもしれない零子と山下も失い、
更に孤独は深まり、彼はつまらなくなった。

けれど一瞬でも交流のあった山下や零子ともっと深くつながることができていたら?

零子がラジオ番組の中で「原子爆弾が手に入ったらどうする?」とリスナーに呼びかけ、たくさんの答えが返ってきたように。
あるいは山下が知恵と力でバスジャック犯を捕え、執念をもって城戸と対峙したように。
「完成させたその爆弾をどうするのか」の答えは見つけられていたかもしれないと思うのだ。

100年もない人生を考えるとき、人はその間に何かを実現させたい、
形に残したい、と願いがちだ。
でも、もしかしたら日々の感情や小さなできごとの共有ができる
分かち合える相手のあることのほうがよほど大きなことなのかもしれない。

そんな事を考えさせられた一本だった。

(沢田研二は格好いい、というより綺麗だった。
むしろ格好いいのは菅原文太。あの不死身っぷりと男臭さは一見の価値ありです)

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